歌物語084
三億円当たったら、家のローンを完済して、妻に一億円渡し、会社を辞めて旅に出る。
つきのないわが人生を寿ぎて十枚の籤を雑踏に買う
■註■
短歌○ツキノナイ ワガジンセイヲ コトホギテ ジュウマイノクジヲ ザットウニカウ
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三億円当たったら、家のローンを完済して、妻に一億円渡し、会社を辞めて旅に出る。
つきのないわが人生を寿ぎて十枚の籤を雑踏に買う
■註■
短歌○ツキノナイ ワガジンセイヲ コトホギテ ジュウマイノクジヲ ザットウニカウ
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打つ手はいくらでもあったはずなのに、油断と慢心の果て、誰も責任をとろうとはしない。
持ち駒の飛車角金はそのままに玉詰まされて会議は終わる
■註■
短歌○モチゴマノ ヒシャカクキンハ ソノママニ ギョクツマサレテ カイギハオワル
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新しいプロジェクトを任されたのはいいのだが、これまでの業務がそれで減ったわけではなし、残業だけでは片付かず、休日出勤。そんなに愛社精神があるわけでもないのだが、私の我儘な企画に付き合ってくれる、Aさんが、妙に献身的なのでこっちもついその気になってしまっている。
力量が問われたるときさばさばとなるようになる味噌煮定食
■註■
短歌○リキリョウガ トワレタルトキ サバサバト ナルヨウニナル ミソニテイショク
・ さばさば=副詞の「さばさば」と「鯖」の掛詞。
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世の中健康ブームたって、てめえが何食ってるかも分からないんじゃ、お話になりませんなとか言いながら、銀ムツ(メロ)の照り焼きつつきつつ、日本酒から焼酎に鞍替えした、糖尿病一歩手前の課長が、今日もまた酔いつぶれる。
名も知らぬ魚の並ぶ鮮魚屋の主の顔も謎めきており
■註■
短歌○ナモシラヌ サカナノナラブ センギョヤノ アルジノカオモ ナゾメキテオリ
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生活というやつは厄介なもんで、志だけで片の付くものではない。高見順にならって言うならば、我慢できなくはない程度の歯痛が、不断に続き、結局はじわじわと精神を蝕んでいくものらしい。
止まりてなすことありや朝未き胃に流し込む冷めた珈琲
■註■
短歌○トドマリテ ナスコトアリヤ アサマダキ イニナガシコム サメタコーヒー
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蚕は5齢末期になると桑を全く食べなくなる。体も透明になって行き、じっと動かなくなる。その静寂は体内に劇的な変化をもたらす。これまでとは全く異なる脱皮への準備。
桑を食う夏蚕を闇に聞きながら脱皮しえざるわが休眠期
■註■
短歌○クワヲクウ ナツゴヲヤミニ キキナガラ ダッピシエザル ワガキュウミンキ
・ 夏蚕=夏孵化して飼育される蚕。
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健診の結果を同僚と見せ合う。肝臓の数値大幅上昇。他の検査も臨界線上なり。
安酒も鳥の砂嚢も肝臓も同じ味して苦き夏の夜
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短歌○ヤスザケモ トリノサノウモ カンゾウモ オナジアジシテ ニガキナツノヨ
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嵐の去った朝の砂浜を歩く。流木や海藻、コールタールの塊、大きな魚の骨、サンゴのかけら、壺の破片、ロシア語の洗剤の箱…。
波静まりし朝の海より流れ着く異国の文字の空き瓶拾う
■註■
短歌○ナミシズマリシ アシタノウミヨリ ナガレツク イコクノモジノ アキビンヒロウ
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だまされて食わされた、浅草の唐辛子煎餅、海味館の特製台湾拉麺、CoCo壱番屋の10カラ、そしてカラムーチョ。
火のごときカラムーチョいっぱい頬張れば口の中より空也の化仏
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短歌○ヒノゴトキ カラムーチョ イッパイホオバレバ クチノナカヨリ クウヤノケブツ
・ カラムーチョ=湖池屋の商品。梅干しみたいなお婆ちゃんがヒーヒーいうCMが有名。
・ 空也の化仏=六波羅蜜寺の空也上人の立像は念仏を象徴した小さな阿弥陀仏像六体(化仏)が口から出る形式のものとして有名である。
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何という種類の猫か知らないけれど、女友達に携帯の待ち受け画面を見せられ、今度見に来いと誘われる。日曜日は法事だからと、嘘ついて断わる。
万力で潰したような猫の顔誰かに似たりおかしかりけり
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短歌○マンリキデ ツブシタヨウナ ネコノカオ ダレカニニタリ オカシカリケリ
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大幅なリストラ断行の後、会社の業績は思った以上に上がった。株主総会での役員の報告も、随分と鼻息の荒いものだった。とはいえ、かのボンクラたちに今後の日本経済の先行きが読めるはずもなく、何とかしがみついているわが首筋にも、はや秋の風がしのびよる。
脱帽をするほかはなき正論に引き下がりつつ揺るる心は
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短歌○ダツボウヲ スルホカハナキ セイロンニ ヒキサガリツツ ユルルココロハ
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生きた証なんてかっこよいものではなかった。
近松論遺言として書き上ぐる腕の黒き蚊は払わざる
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短歌○チカモツロン ユイゴントシテ カキアグル カイナノクロキ カハハラワザル
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入隊の前日は吉原に繰り出した。別にわかれを告げるような人はいなかったから。
三分で果てにしのちに燻らする紅の付きたる両切煙草
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短歌○サンプンデ ハテニシノチニ クユラスル ベニノツキタル リョウギリタバコ
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上の伯父は中国大陸で死んだ。戦病死だったそうである。
海光に紛れて騒ぐものたちを迎えんとして八月は来る
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短歌○カイコウニ マギレテサワグ モノタチヲ ムカエントシテ ハチガツハクル
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久しぶりに故郷の母の実家によった。
仏壇に夏菊は揺れ会うこともなかりし二人の軍服の伯父
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短歌○ブツダンニ ナツギクハユレ アウコトモ ナカリシフタリノ グンプクノオジ
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M氏の話は本当に面白かった。金払いもよかったし、別れた女に訴えられるまで、誰も彼が詐欺師だったなどとは思いもよらぬことだった。何でも、いかがわしい薬で、ずいぶん儲けたらしかった。久しぶりに会った彼は、以前と比べずいぶん貧相にはなっていたが、また一旗あげるさと、酔ってだれかれかまわずにくだを巻くのであった。
べんべんと昼の酒飲みべんべんと辻褄合わぬ履歴を語る
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短歌○ベンベント ヒルノサケノミ ベンベント ツジツマアワヌ リレキヲカタル
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そもそも俺らみたいな虚業者が、小奇麗な家に住んで、夜毎女はべらせて、うまいもの食って、酔っ払って、それでいて心が病んでますなんざぁ、チヤンチヤラオカシイというやつです。社長はそういうと、またカラオケを唄いだした。
作りもせず殺しもせずに喰うことの形而下に喘ぎつつ生きる
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短歌○ツクリモセズ コロシモセズニ クウコトノ ケイジカニ アエギツツイキル
・ 形而下=作者はカッコウつけてはいるが、ここでは単純に「現実」程度の意味。
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集団就職で、この町に来て五十五年、われながら真面目によく働いてきたと思います。おかげさまで、息子たちも独立したし。社長はもう少し手伝ってくれと言ってくれているのですが、この会社もそう景気がいいわけではないし。体がまだ動くうちに、故郷に帰って、女房と畑でも耕そうかと思っとるのです。ヤスオカさんはそう言って、いつもの焼酎の水割りをうまそうに飲んだ。
歩留まりの悪き仕事を詰られし少年工も老いて去り行く
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短歌○ブドマリノ ワルキシゴトヲ ナジラレシ ショウネンコウモ オイテサリユク
・ 歩留まり=原料から、実際に製品になった量の比率。
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この田舎町も、ここ十年で、人も街並みもすっかり変わってしまった。古くから住んでいる者にとっては、何か居心地の悪さを感じるのだが、気がつけば、何年も親しんだはずの、古い街並みの記憶など、もう、すっかり忘れてしまっている。
店閉じし安売店の看板の雨に濡れたる嘴太鴉
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短歌○ミセトジシ ヤスウリテンノ カンバンノ アメニヌレタル ハシブトカラス
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Y電機工業の本社ビルを出ると、汗が噴き出した。着慣れぬ上着を脱いで、取り敢えずローソンで食事。午後からもう二社回って、夜は小論文の講習会。
前途多望を多忙と書いて青年の企業回りの夏のブレザー
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短歌○ゼントタボウヲ タボウトカイテ セイネンノ キギョウマワリノ ナツノブレザー
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任された仕事が予定通り行かず、残業が続いたことと、それに伴うストレスの蓄積、不規則な食事、酒の飲み過ぎ、睡眠不足。やっと取れた休みも一日家で寝ているわけにも行かず、朝から腰に違和感を感じていたが、渋谷で待ち合わせて、食事して…。あげくのはてに。
椎間板あたりの痛み感じつつ抜き差しならぬままに果てゆく
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短歌○ツイカンバン アタリノイタミ カンジツツ ヌキサシナルヌ ママニハテユク
・ 抜き差しならぬ=蛇足だが、「どうにもならない」という意味と「痛くて交合ままならぬ」という意味が掛かっている。
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もともと意外性のあるやつだったが、大学でフランス文学やったり、教師になって平凡な家庭を持って、普通のおやじになるとは、思いもよらなかった。
石頭誇りし友も又三郎を読みて寝かする子を持てりけり
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短歌○イシアタマ ホコリシトモモ マタサブロウヲ ヨミテネカスル コヲモテリケリ
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強がってみたところでしょうがない。
一合は夢、二合は現、飲み干せば単に寂しい私が一人
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短歌○イチゴウハユメ、ニゴウハウツツ、ノミホセバ タンニサビシイ ワタシガヒトリ
・ 一合は夢=「一期は夢」(人の一生は夢のようなもの)が掛けられている。
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成り行きのたった一度の逢瀬でしたが。
拾いたるこうもり傘を忘れたるそんな別れと慰めおれど
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短歌○ヒロイタル コウモリガサヲ ワスレタル ソンナワカレト ナグサメオレド
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仕事を一日さぼって、昼から電気ブラン飲んで、観音様にお参りして、仲店冷やかして、落語聞いて、あとは泥鰌を食って帰ります。
浅草の似顔絵描きの肩口に夏の蜻蛉が羽休めおり
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短歌○アサクサノ ニガオエカキノ カタグチニ ナツノトンボガ ハネヤスメオリ
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