2008年6月20日 (金)

歌物語181

 小学四年生の時、リウマチ熱という老人みたいな病気で長期入院したとき、長崎の祖父がわざわざ見舞いに来てくれた。祖父は古式泳法の伝承者で、天皇の前で模範演技をしたことが自慢だった。その時、一緒に来ていた祖母に内緒で、これはお守りだから、誰にも見せてはいけないといって河童沼で河童からもらったのだという水晶玉をくれた。祖父はもう随分前に亡くなってしまったが、あのときの目玉を見開いて僕を見つめる、人を食ったような顔は今でも心に焼き付いていて、時々夢に現れる。水晶玉は今でも僕の机の引き出しにしまってある。あれいらい僕は丈夫になって、病気一つしない。

古式泳法水虎の舞を受け継ぎし祖父が遺せし辺野古水晶

■註■短歌○コシキエイホウ スイコノマイヲ ウケツギシ ソフガノコセシ ヘノコスイショウ

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2008年6月16日 (月)

歌物語179

 秩父困民党研究家のK氏に変節をなじられ喧嘩別れしてからもう十年近くたつ。先日、突然電話がかかってきて、今度飲まないかということだったが、今更あって話すことなどないし、某企業の管理職におさまって、肥大化した(電話で彼自身がそう言った)K氏の言い訳を聞くほど暇ではなかったので、丁重にお断りをした。

叛旗翻ることなく弦切れし弓形の月残れる朝

■註■短歌○ハンキヒルガエルコトナク ツルキレシユミガタノツキノコレルアシタ

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2008年6月12日 (木)

歌物語177

 「なんでも鑑定団」で古い塩ビの人形が法外にも思える高値をつけているのを見て、そういえばオレも何体か持っていたなと思って、連休に帰省したとき物置や押し入れを家探ししたが、おもちゃのたぐいはお袋がみな捨ててしまったらしい。そのかわり小学校の頃の通知票や図画や作文は大切にとってあって、何もこんなものをと思いつつ、しばらく時を忘れながめていた。

アルバムにアラビア糊で貼られたるセピアの色の若き母上

■註■短歌○アルバムニ アラビアノリデ ハラレタル セピアノイロノ ワカキハハウエ

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2008年6月 9日 (月)

歌物語176

 自分の通った学校がなくなるというのは、この年になってもやはり寂しいもので、校舎が取り壊されないうちにと、二十数年ぶりに、田舎の母校を訪ねてみた。立ち入り禁止のロープをくぐって、乏しい記憶を頼りに、教室を回ってみるが、めぼしいものはすべて撤去されている。取り残された黒板や教壇がそこがかって学校であった痕跡をのこすのみで、どこもがらんとしていた。たぶん三年の時の教室とおぼしき場所で、もってきたデジカメを黒板の桟にのせセルフタイマーで記念写真を幾枚か撮った。家に帰ってパソコンでじっくりながめても霊などは写っていない。妙に照れくさそうに笑っている中年のおやじがいるばかりだ。

廃校の理科教室の白壁に貼られしままのアインシュタイン

■註■短歌○ハイコウノ リカキョウシツノ シラカベニ ハラレシママノ アインシュタイン

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2008年5月28日 (水)

歌物語173

 お前のかみさんに泣かれるのが嫌で、焼香もそこそこに寺を出る。身の回りからポツポツと古い友達がおさらばしていく。

いかものの李朝の壺を押しつけて雲隠りにし莫逆の友

■註■短歌○イカモノノ リチョウノツボヲ オシツケテ クモガクリニシ バクギャクノトモ

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2008年5月26日 (月)

歌物語172

 飲み出すとへべれけになるまでやめられなくなり、次の日の仕事しくじり、そしてまた夕ぐれてくだを巻く、そのくりかえし。勤めは首になり、女は逃げだし、あげくに血を吐いて、それでも飲んでます。

宿酔の激しき嘔吐繰り返しわがたそがれの実存主義

■註■
短歌○シュクスイノ ハゲシキオウト クリカエシ ワガタソガレノ existentialisme

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2008年5月22日 (木)

歌物語170

 元カノの元カレの元カノの友達が紹介してくれた家庭教師のバイト先の小学生が第一志望の私立中学に合格したお礼にと、その子の母親が渋谷のレストランに招待してくれた。三十代半ばの彼女は、昼間の酒が回ったらしく、次はカラオケへなどといって妙にしなだれかかってくる。カラオケは苦手なのでとやっとのこと辞退して振り切るように帰ったことを、元カノの元カレの元カノの友達に話したら、それは食いそこねましたねとバナナマンの日村みたいな顔をして笑う。それからしばらくの間ひとりになると何か損をしたような感じがまとわりついて離れなかった。

怒張せるわがメガホンの雄叫びもかの逸脱の日々に紛れて

■註■
短歌○ドチョウセル ワガメガホンノ オタケビモ カノイツダツノ ヒビニマギレテ
・日村:お笑いコンビ「バナナマン」のツッコミ担当。「子供の頃の貴乃花」の物まねでブレイク。

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2008年5月17日 (土)

歌物語169

 わが師の鬱屈とした心の有所がわかっていたのは、たぶん私だけだったろう。師の従者として仕え、時には代作もし、そして一身に愛され、そんな日々を重ねるうちに、師も老い、私にも新たな転機が訪れようとしていた。私が旅立つ日、師ははなむけに人を集め、上機嫌に言祝ぎ、したたかに飲んだ。私は始終うつむいて、涙を流しながら、けれども心は遠い海の国を思っていた。

奈良の廃都に降り込められてへべれけの旅人の背をさする夕暮

■註■
短歌○ナラノハイトニ フリコメラレテ ヘベレケノ タビトノセナヲ サスルユウグレ

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2008年5月12日 (月)

歌物語168

 ときおり天にヒバリが鳴く。北のリハビリ病院で僕は一日ラジオを聞いていた。月並みにいえば馬車馬のようなわが半生(ちょっと古いか)。そいつが何か人ごとのように思えて、かといって今の自分に納得もいかず、けれどもそんな心のありようが、なぜかその時は快かった。

わが胸の荒野に一筋よぎりたる永久に列車の行かざる鉄路

■註■
短歌○ワガムネノ コウヤニヒトスジ ヨギリタル トワニレッシャノ イカザルテツロ

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2008年4月26日 (土)

歌物語164

 正午を告げる放送が流れる。雨もよいの空。そういえば『棒』という小説があったっけなどと思いながら、デパートの屋上から眼下を見下ろす。
 何をなすべきかも分別できぬままここまで流れてきた。飲み干した発泡酒の缶握りつぶし、今日の晩飯のことを考える。

自由時間残り少なくなりたると屋上遊園ペガサス翔よ
■註■
短歌○ジユウジカン ノコリスクナクナリタルト オクジョウテイエン ペガサスカケヨ
・『棒』=安部公房作

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2008年4月20日 (日)

歌物語162

 家の前にコミュニティーバスの停留所ができた。駅を起点に、一時間2本の割合で路線バスが通らない地域を循環する。そういうバスなので利用者はもっぱらお年寄りが多い。せっかくだから、先日初めて乗ってみた。数十年住んでいる町とは思えない風景に少しとまどいながら、さてこれからどうするかと考えた。たった10分だったが。
ということで、2年3ヶ月ぶりに密かに再開します。162

戯歌一首
宿酔のいまだ癒えざるわれゆえに桜よもっとひたぶるに咲け

■註■短歌○シュクスイノ イマダイエザル ワレユエニ サクラヨモット ヒタブルニサケ
     本歌:二日酔いの無念極まるぼくのためもっと電車よ まじめに走れ(福島泰樹・バリケード・一九六六年二月)

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2006年1月14日 (土)

歌物語160

 年が明けたからといって、何変わるわけでもなく、相変わらずぐずぐずの生活をしています。気楽と言えば気楽なのですが、先のことを考えると居ても立ってもいられなくなるから、何も考えないようにしているのにすぎないのです。いつも年賀状ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。冬の寒さが身に応えます。

すぐ止みてしまいし雨よ字の消えし路標のごとく茫茫と冬

■註■短歌○スグヤミテ シマイシアメヨ ジノキエシ ロヒョウノゴトク ボウボウトフユ

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2006年1月10日 (火)

歌物語157

 夜、押入にしまい込んである、古書を漁っているとき、初めてシミというやつにお目にかかった。昆虫図鑑では何度も見ていたので、すぐにそれだと分かった。管ビンに閉じこめて眺めると、体全体を覆う銀灰色の鱗が鈍く輝いて、こんなに美しい虫であったのかと、思わず見とれてしまった。人知れず、ひっそりと、古書を食いつつ生きるのも世離れしていて悪くはない。寿命を調べて見たが、手持ちの昆虫図鑑では分からなかった。たぶん、そんなことを調べる酔狂な人もいないのだろう。翌朝見ると、虫は跡形もなく消え失せていた。密封された容器からどのように逃げ出したのか、いくら考えても分からなかった。

抱朴子の饐えたる文庫に巣喰ひたる千年蠧魚のアボガドライス

■註■短歌○ホウボクシノ スエタルブンコニ スクイタル センネンシミノ アボガドライス
・ 抱朴子=東晋の葛洪(カッコウ)(二八四~三六三)の著。三一七年ごろ成立。不老長寿の仙術を解説した書。

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2005年12月31日 (土)

歌物語155

 除夜の鐘を聞きながら、

何も終らず何も変らず今生の玄海に割る湯を沸かしつつ

■註■短歌○ナニモオワラズ ナニモカワラズ コンジョウノ ゲンカイニワル ユヲワカシツツ
・ 玄海=蕎麦焼酎の銘柄。

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2005年12月29日 (木)

歌物語153

 職場を去る友人のために、ふたりだけの送別会を開く。オレが短歌なぞを作っていることを知っている唯一の同僚だった。いつになったら歌集出すんだと逆に発破を掛けられる。愚痴っぽいオレと正反対で、飲んでも崩れたりしない。言いたいことは山ほどあるのだろうが、おまえはおまえの流儀でこれからも生きていくのだろう。残るオレの方がだらしない。

われのみが知りて語らぬことどもの太々として冬の銀河は

■註■短歌○ワレノミガ シリテカタラヌ コトドモノ フトブトトシテ フユノギンガハ

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2005年12月28日 (水)

歌物語152

 出張で東京に行く。商談は思うとおりにまとまらず。憂さ晴らしにと、学生時代よく通ったおでん屋に顔を出す。太っ腹で豪快だったおかみは何年か前に亡くなっていて、そのころから手伝いをしていた娘さんが跡を継いでいた。昔話をひとしきり終えたあとで、お互い年取ったものだと、妙にしみじみとなる。店も以前ほどははやらぬらしい。今日とて、私の他には客は二人だけ。懐かしさに駆られて来てはみたが、昔なじみの店なんかに、のこのこ行くものではない。

蒟蒻の震え雁擬の鰓呼吸烏賊の倦怠破裂せよ爆弾

■註■短歌○コンニャクノフルエ ガンモノエラコキュウ イカノケンタイ ハレツセヨバクダン
・ 爆弾=おでんだねのひとつ。ゆで卵を芯に入れた薩摩揚。

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2005年12月27日 (火)

歌物語151

 昨日の強風で、神社の境内には樫の実が無数に落ちていた。冬休みの小学生が、お祖母さんと一緒に拾っている。敷石の上に落ちたやつを踏みつけながら、今日の仕事へと向かう。

木の実踏む数え切れない悔恨の一つ一つの音のようだと

■註■短歌○コノミフム カゾエキレナイ カイコンノ ヒトツヒトツノ オトノヨウダト

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2005年12月25日 (日)

歌物語149

 山の療養所に友人を見舞う。古里は大雪。帰り道二度足を滑らせて転ぶ。小さな駅の蕎麦屋で昼からひとりで酒を飲む。あと一年と医者に言われて、随分落ち込んでいるのかと思ったが、私の前では精一杯元気そうにしていた。それもまた切ない。

胸郭に木枯し鳴らし散り行きし石田波郷の見し夜の雪か

■註■短歌○キョウカクニ コガラシナラシ チリユキシ イシダハキョウノ ミシヨノユキカ
・ 石田波郷=句集「鶴の眼」「惜命」など。(1913~1969)
  雪はしづかにゆたかにはやし屍室(かばねしつ)「惜命」

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2005年12月24日 (土)

歌物語148

 本音を包み隠して、今日一日を演じ続ける。仕事も、家も、遊びも。いくらめくっても本当の顔など現れはしない。やけっぱちのメリーさんのクリスマス。

ランパブは狂態のミラーボール水族と云うことば思えり

■註■短歌○ランパブハ キョウタイノ ミラーボール スイゾクトイウ コトバオモエリ

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2005年12月23日 (金)

歌物語147

 寒波到来。わが綱渡り人生の結末もいまだ見通せぬまま、今年の師走の寒さはひとしお身に沁みる。またしても朝帰り。

明星揺れる道に引かれし白線を平均台のごとく渡れり

■註■短歌○アカボシユレル ミチニヒカレシ ハクセンヲ ヘイキンダイノ ゴトクワタレリ

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2005年12月 9日 (金)

歌物語146

 本当の荒野てやつはどこに広がっているのか君は知っているか。

終電の連結帯に揺れながらわが帰還せる荒野を思う

■註■短歌○シュウデンノ レンケツタイニ ユレナガラ ワガキカンセル コウヤヲオモウ

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2005年12月 7日 (水)

歌物語144

ろう石の懐かしき肌触り。片足跳びでどこまで行ける。

曇天のままに暮れ行く戯れにお前の番を飛ばす石蹴り

■註■短歌○ドンテンノ ママニクレユク タワムレニ オマエノバンヲ トバスイシケリ

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2005年12月 6日 (火)

歌物語143

 二十一世紀初頭、ぼくらは確実に壊れだしている。

絶望が馬鹿騒ぎする番いつつ吐きつつ酩酊の齧歯類

■註■短歌○ゼツボウガ バカサワギスル ツガイツツ ハキツツ メイイテイノゲッシルイ

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2005年12月 5日 (月)

歌物語142

 子曰く、立つに任せて直くんば、則ち忠と言ふべしと。

微睡めば僕の股間に兆したる直立不遜の永久に日本

■註■短歌○マドロメバ ボクノコカンニ キザシタル チョクリツフソンノ トワニニッポン

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2005年12月 4日 (日)

歌物語141

 相続放棄すべきだとさんざん言われたのだが、人様に迷惑をかけるのを嫌った親父のこと思えば、何もかも引き受けた方が、供養にもなるだろうと、あれから十年、一生懸命やってはきたのだが、結局破産して、これで終わりとは思ってないけど、つくづく自分の甘さに嫌気がさしています。取りあえず、関西の知り合い頼って、やり直します。もう会うこともないでしょうが、あなたもお元気で。

犀角のように孤独を歩め父なりし人の残せし黒牛の印と借金を背に

■註■短歌○サイカクノヨウニ コドクヲアユメ チチナリシヒトノノコセシ コクギュウノイント シャッキンヲセニ
・ 犀角=「ブッダのことば」によれば、犀の角は独り歩む修行者の比喩らしい。

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2005年11月25日 (金)

歌物語140

 西東京のライブハウスに、三島由紀夫の物真似をする芸人がいるというメールを、三島フリークの文学少女からもらう。出演するのは木曜日の夜。当の本人も行ったことがないというので、あまり気乗りもしないのだが、彼女を誘って行ってみることにした。駅のはずれの地下の薄暗いライブハウスに客は十人程度。楯の会の制服に、日の丸の鉢巻きをした小柄な男が、額にしわ寄せて、ベニア作りのバルコニーから、盛んに手を振り上げて、檄を飛ばすのだが、いつの間にか横井庄一や田中角栄になったりして、挙げ句に赤線復活などと大時代なことをいいだす。三島の信者が聞いたら刺されかねない内容なのに、なぜか彼女は笑い転げていた。

おのづから割れし陶器の幾つかの欠片を接げどわが憂国忌

■註■短歌○オノヅカラ ワレシトウキノ イクツカノ カケラヲツゲド ワガユウコクキ

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2005年11月23日 (水)

歌物語138

 終電に乗り遅れて、多摩川沿いに出る。月が明るい。寒さが酔い覚めの身に染みる。毎日、同じようなことの繰り返しに、内心嫌気がさしているのだが、どうしようもない。やけっぱちになったふりして、帰ってきたウルトラマン大声でがなりつつ行く。

多摩川に晒すわが肝今生のアルデヒドまた歩いて帰る

■註■短歌○タマガワニ サラスワガキモ コンジョウノ アルデヒドマタ アルイテカエル
・ 多摩川に晒す=(本歌)多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの子のここだかなしき(万葉集・巻14 3373)
・ アルデヒド=ここでは二日酔の原因物質アセトアルデヒドのこと。

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2005年11月22日 (火)

歌物語137

 以前同じ部署で働いていた、同期の同僚の、通夜と告別式の日程を知らせる回覧が回ってきた。癌だったそうだ。気付いたときはもう手遅れだった。おれと違い出世も早く、責任感も人望もあり、誰からも信頼されていた。地方勤務が長いおれとは、最近は年賀状で近況を知らせ合う程度の付き合いしかなくなったが、心許せる友の一人であることに変わりはなかった。仕事もこれからというところだったし、何よりも小さな子ども二人の行く末を思えば無念だっただろう。葬儀には行かず。一人酒を飲んでいる。

電線に雉鳩が鳴く明日への潰れるほどの荷はもたず行く

■註■短歌○デンセンニ キジバトガナク アシテヘノ ツブレルホドノ ニハモタズユク

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2005年11月21日 (月)

歌物語136

 何ひとつ予定通りにはいかないが、何とかやっています。明日は遠く、懐かしい…、誰かがそんな風に言ってましたよね。降り出した雨に濡れながら、ハードデスク付きのプレーヤーで、古いフォーク・ソングを聞いてます。

屋台の蕎麦啜りつつ鼻啜りつつ身を抜けて行くかなしみはある

■註■短歌○ヤタイノソバススリツツ ハナススリツツ ミヲヌケテユク カナシミハアル

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2005年11月20日 (日)

歌物語135

 群衆の一人として歌を作り続けること。歌は直立などしないこと。

先頭はいつか変われり鉄橋を風に押されて駆け抜ける群

■註■短歌○セントウハ イツカカワレリ テッキョウヲ カゼニオサレテ カケヌケルムレ

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2005年11月17日 (木)

歌物語133

 また明日から、やり直せそうな、そんな気持ちになっています。

秋草の白馬岳にひとり来て風につむりを撫でられている

■註■短歌○アキクサノ シロウマダケニ ヒトリキテ カゼニツムリヲ ナデラレテイル

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2005年11月14日 (月)

歌物語130

 これから先も、不粋で、不恰好で、不器用に生きてゆくのだろう。

わが肩の九曜の黒子太りゆく晩年もまた狭霧なす河

■註■短歌○ワガカタノ クヨウノホクロ フトリユク バンネンモマタ サギリナスカワ
・ 九曜=九曜星。七曜星(日・月・火・水・木・金・土)に、羅ごと計都の二星を加えた九つの星のよび名。陰陽道で人の生年月日に配し、運命をうらなうのに用いる。ここでは腕の九つの黒子を、九曜星に見立てている。

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2005年11月13日 (日)

歌物語129

 何年か前のプロレスのビデオを見ながら、休日のつれづれを慰める。

茜さす武藤敬司の脳天のやけに寂しき汗まみれかな

■註■短歌○アカネサス ムトウケイジノ ノウテンノ ヤケニサビシキ アセマミレカナ
・ 茜さす=「日」「照る」などにかかる枕詞。この場合は「武藤敬司の脳天」にかかっているのだが、正式な用法ではない。

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2005年11月11日 (金)

歌物語127

 バイアグラなら安く手にはいるよと、最近、飲み屋で顔なじみになった男が、声を掛けてきた。別に、使うあてもないしねと断わる。男はニヤッと笑って、試しにやってみなと、ポケットに一錠、無理やり押し込んで、とっとと向こうに行ってしまった。そいつは今も机の上に置いてある。

リンガ、リンガ疲れてもなお起ちている眠りてもなお醒めている夜

■註■短歌○リンガ、リンガ ツカレテモナオ タチテイル ネムリテモナ オサメテイルヨル
・ リンガ=linga (サンスクリット語)インドで崇拝された男根像。

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2005年11月10日 (木)

歌物語126

 もう行ってしまうのですか。そんなに焦らなくてもいいじゃないですか。また、嫌なことばかりですよ。それでも行くんですね。わたしは、もうしばらく、ここにいます。

また一人わが耳元を過ぎ行きてこの世とやらへ旅立ちてゆく

■註■短歌○マタヒトリ ワガミミモトヲ スギユキテ コノヨトヤラヘ タビダチテユク

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2005年11月 8日 (火)

歌物語124

 飲み友達が癌になったとき、半年酒をやめた。別に願を掛けたわけでもないのだが、何となく、そんな心境になったのだった。幸い友達は無事復帰して、以前に増してその酒豪ぶりを発揮し出すのだが、私の方は、そんな彼とはいつの間にか疎遠になっていった。

飲むということの戯れ小ぶりなる今年の秋刀魚、えんまこおろぎ

■註■短歌○ノムトイウコトノタワムレ コブリナル コトシノサンマ エンマコオロギ

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2005年11月 6日 (日)

歌物語122

 眠れない夜。コオロギの声。遠く聞こえる夜行列車の音。

ふと付けし深夜ラジオを流れ来る死んだ女優の唄う恋歌

■註■短歌○フトツケシ シンヤラジオヲ ナガレクル シンダジョユウノ ウタウコイウタ

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2005年10月28日 (金)

歌物語121

 木の椅子に腰かけて、夕暮れの雑踏を背中に感じながら、まだ色づかない街路樹に吹く風を聞く。

わたしのヒールを悪妻のごとかなしみて踵直しが叩く夕暮れ

■註■
短歌○ワタシノヒールヲ アクサイノゴト カナシミテ カカトナオシガ タタクユウグレ

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2005年10月25日 (火)

歌物語118

 前例踏襲こそ汝が処世の枢要にして要諦なれ。

さわれ明日の帳尻合わせも整うと日暮るる前に暖簾をくぐる

■註■
短歌○サワレアシタノ チョウジリアワセモ ヒクルルマエニ ノレンヲクグル
・ さわれ=(サハアレの約。) まあ、とにかく。

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2005年10月24日 (月)

歌物語117

 不甲斐なき自己への嫌悪よりも、狡い自分への失望。

わざくれに叩き付けたるわが拳の或る夜痛みて眠りがたしも

■註■
短歌○ワザクレニ タタキツケタル ワガコブシノ アルヨイタミテ ネムリガタシモ

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2005年10月15日 (土)

歌物語115

 遠い世界の果てが、振り向いたらすぐそこにあるような、あっけない幕切れのための旅立ち。

ヒューヒューと線路の向こう赤錆の 風の如きが騒いで止まず


■註■
短歌○ヒューヒュート センロノムコウ アカサビノ カゼノゴトキガ サワイデヤマズ

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2005年10月14日 (金)

歌物語114

 最近のペットショップは見たこともない、いろいろな生き物を売っているのだが…。

ある日ふと甲殻類と成り果てし己が見えておかしかりけり


■註■
短歌○アルヒフト コウカクルイト ナリハテシ オノレガミエテ オカシカリケリ

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2005年10月13日 (木)

歌物語113

 久しぶりに福島の田舎に帰る。田んぼはすっかり取り入れも終わり、もう冬支度が始まる。

あゝ秋の暮れる速さよ風を突き子よわたくしを追い抜いてゆけ

■註■
短歌○アゝアキノ クレルハヤサヨ カゼヲツキ コヨワタクシヲ オイヌイテユケ

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2005年10月 2日 (日)

歌物語109

 同僚たちは雨の中、観光に出かけていった。迎え酒が腸に染みる。何もしない、何も考えない。地方局の、見慣れぬ芸人の、間の抜けた物まねが、妙におかしかった。

次の日は雨となりけり居残りて朝から飲めばかまどこおろぎ

■註■
短歌○ツギノヒハ アメトナリケリ イノコリテ アサカラノメバ カマドコオロギ

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2005年10月 1日 (土)

歌物語108

 笠智衆みたいには、演じ切れない人生の寂しさが、しみじみ身に沁みる野分の朝。

骨年齢匂うがごとき白玉の君を離れて飲む缶ビール

■註■
短歌○コツネンレイ ニオウガゴトキ シラタマノ キミヲハナレテ ノムカンビール
・ 白玉=白色の美しい玉。女性や子供のたとえに用いる。

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2005年9月30日 (金)

歌物語107

 人との係わりのめんどくささと味気なさ。休日は一日こもってイタリアの古い小説をよんでいます。

何もかも俺が悪いとせいせいと言ってしまえば野は秋の風

■註■
短歌○ナニモカモ オレガワルイト セイセイト イッテシマエバ ノハアキノカゼ

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2005年9月29日 (木)

歌物語106

 たぶん、これからも。

水槽に眠るアロワナ、ペン先の荒れ感じつつ書き刻む歌

■註■
短歌○スイソウニ ネムルアロワナ ペンサキノ アレカンジツツ カキキザムウタ
・ アロワナ=オステオグロッスム科の淡水産の硬骨魚。

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2005年9月25日 (日)

歌物語102

 商店街はまだ七時前なのに、コンビニ以外、どの店もシャッターを下ろしている。路地裏にはいると、どこからともなく現れて客を引いた、外国の女たちも、もういなくなった。台風の余波の強い風に、はがし忘れの選挙ポスターがはたはたと鳴る。

工場が去りにし町の夕まぐれのっぺらぼうが顔描いている

■註■
短歌○コウジョウガ サリニシマチノ ユウマグレ ノッペラボウガ カオカイテイル

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2005年9月22日 (木)

歌物語100

 今年の、長かった残暑も、どうやら峠を越したようだ。夕暮の屋上のベンチで、缶ビールを飲みながら、頭を冷やしている。別に、あんなにこだわることでもなかったのだろう。ビルの排気孔に潜んでいた数十頭のコウモリが、餌をもとめて、一斉に都会の空に飛び出していく。

口辺に時の破片をくわえつつ飛び交うものら夕暮に満つ


■註■
短歌○コウヘンニ トキノカケラヲ クワエツツ トビカウモノラ ユウグレニミツ

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2005年9月21日 (水)

歌物語099

 まだ、時間はある。

立ち飲みは升に二杯と決めおきて屋台に雨のあがるを待てり


■註■
短歌○タチノミハ マスニニハイト キメオキテ ヤタイニアメノ アガルヲマテリ

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2005年9月19日 (月)

歌物語097

曼珠沙華一斉に揺れ揺れ止まず生まれしことも偶さかなりき

 庭石を除けると、無数の赤蟻が、突然の出来事に右往左往の大混乱を起こしている。しばらく、上から眺めている。首筋に秋日があつい。今日は子規の命日らしい。

■註■
短歌○マンジュシャゲ イッセイニユレ ユレヤマズ ウマレシコトモ タマサカナリキ
 ・偶さかなり・き=偶然であった。形容動詞「偶さかなり」連用形+過去の助動詞「き」終止形

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2005年9月15日 (木)

歌物語094

 倉庫の収蔵物の虫干しをする。アホウドリやシマフクロウの剥製、古い書物、土器の欠片、サンゴ虫の化石…。独逸人の骨格標本が風にカラカラと鳴った

遠き墓標わが肋骨を吹き抜けし風よ明日があるというのか

■註■
短歌○トオキボヒョウ ワガロッコツヲ フキヌケシカゼヨ アシタガアルトイウノカ

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2005年9月 3日 (土)

歌物語087

 もうこれから使うこともないわが分身たち。融通の利かぬ、時代遅れの、ぐずぐずの老いぼれに、いまさら宗旨がえなどできはしない。

古き工具に油を注してしまいおく襤褸雑巾のような明日も

■註■
短歌○フルキコウグニ アブラヲサシテ シマイオク ボロゾウキンノヨウナ アシタモ

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2005年9月 2日 (金)

歌物語086

 生きものそれぞれの時間の定規に照らせば、蜉蝣が羽化直後に、交尾して、卵を産んでそのまま死んでいくのを、はかないなどといってはならない。それに、成熟が死を意味するその在り方が、果たしてそんなに不幸なことなのか。

夕べに生まれ夜に死にゆく虫たちの多くは薄き羽を持ちたり

■註■
短歌○ユウベニウマレ ヨルニシニユク ムシタチノ オオクハウスキ ハネヲモチタリ

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2005年9月 1日 (木)

歌物語085

 渋谷道頓堀劇場、父は勇敢に出陣したれど、返り討ちにあいて、撃沈され候。

ダンサーの大股開きの大海に日の丸かざし撃ちてし止まん

■註■
短歌○ダンサーノ オオマタビラキノ タイカイニ ヒノマルカザシ ウチテシヤマン

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2005年8月31日 (水)

歌物語084

 三億円当たったら、家のローンを完済して、妻に一億円渡し、会社を辞めて旅に出る。

つきのないわが人生を寿ぎて十枚の籤を雑踏に買う

■註■
短歌○ツキノナイ ワガジンセイヲ コトホギテ ジュウマイノクジヲ ザットウニカウ

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2005年8月30日 (火)

歌物語083

 打つ手はいくらでもあったはずなのに、油断と慢心の果て、誰も責任をとろうとはしない。

持ち駒の飛車角金はそのままに玉詰まされて会議は終わる

■註■
短歌○モチゴマノ ヒシャカクキンハ ソノママニ ギョクツマサレテ カイギハオワル

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2005年8月29日 (月)

歌物語082

 新しいプロジェクトを任されたのはいいのだが、これまでの業務がそれで減ったわけではなし、残業だけでは片付かず、休日出勤。そんなに愛社精神があるわけでもないのだが、私の我儘な企画に付き合ってくれる、Aさんが、妙に献身的なのでこっちもついその気になってしまっている。

力量が問われたるときさばさばとなるようになる味噌煮定食

■註■
短歌○リキリョウガ トワレタルトキ サバサバト ナルヨウニナル ミソニテイショク
・ さばさば=副詞の「さばさば」と「鯖」の掛詞。

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2005年8月28日 (日)

歌物語081

 世の中健康ブームたって、てめえが何食ってるかも分からないんじゃ、お話になりませんなとか言いながら、銀ムツ(メロ)の照り焼きつつきつつ、日本酒から焼酎に鞍替えした、糖尿病一歩手前の課長が、今日もまた酔いつぶれる。

名も知らぬ魚の並ぶ鮮魚屋の主の顔も謎めきており

■註■
短歌○ナモシラヌ サカナノナラブ センギョヤノ アルジノカオモ ナゾメキテオリ

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2005年8月26日 (金)

歌物語080

 生活というやつは厄介なもんで、志だけで片の付くものではない。高見順にならって言うならば、我慢できなくはない程度の歯痛が、不断に続き、結局はじわじわと精神を蝕んでいくものらしい。

止まりてなすことありや朝未き胃に流し込む冷めた珈琲

■註■
短歌○トドマリテ ナスコトアリヤ アサマダキ イニナガシコム サメタコーヒー

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2005年8月25日 (木)

歌物語079

 蚕は5齢末期になると桑を全く食べなくなる。体も透明になって行き、じっと動かなくなる。その静寂は体内に劇的な変化をもたらす。これまでとは全く異なる脱皮への準備。

桑を食う夏蚕を闇に聞きながら脱皮しえざるわが休眠期

■註■
短歌○クワヲクウ ナツゴヲヤミニ キキナガラ ダッピシエザル ワガキュウミンキ
・ 夏蚕=夏孵化して飼育される蚕。

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2005年8月24日 (水)

歌物語078

 健診の結果を同僚と見せ合う。肝臓の数値大幅上昇。他の検査も臨界線上なり。

安酒も鳥の砂嚢も肝臓も同じ味して苦き夏の夜

■註■
短歌○ヤスザケモ トリノサノウモ カンゾウモ オナジアジシテ ニガキナツノヨ

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2005年8月23日 (火)

歌物語077

 嵐の去った朝の砂浜を歩く。流木や海藻、コールタールの塊、大きな魚の骨、サンゴのかけら、壺の破片、ロシア語の洗剤の箱…。

波静まりし朝の海より流れ着く異国の文字の空き瓶拾う

■註■
短歌○ナミシズマリシ アシタノウミヨリ ナガレツク イコクノモジノ アキビンヒロウ

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2005年8月20日 (土)

歌物語074

 大幅なリストラ断行の後、会社の業績は思った以上に上がった。株主総会での役員の報告も、随分と鼻息の荒いものだった。とはいえ、かのボンクラたちに今後の日本経済の先行きが読めるはずもなく、何とかしがみついているわが首筋にも、はや秋の風がしのびよる。

脱帽をするほかはなき正論に引き下がりつつ揺るる心は

■註■
短歌○ダツボウヲ スルホカハナキ セイロンニ ヒキサガリツツ ユルルココロハ

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2005年8月11日 (木)

歌物語069

 M氏の話は本当に面白かった。金払いもよかったし、別れた女に訴えられるまで、誰も彼が詐欺師だったなどとは思いもよらぬことだった。何でも、いかがわしい薬で、ずいぶん儲けたらしかった。久しぶりに会った彼は、以前と比べずいぶん貧相にはなっていたが、また一旗あげるさと、酔ってだれかれかまわずにくだを巻くのであった。

べんべんと昼の酒飲みべんべんと辻褄合わぬ履歴を語る

■註■
短歌○ベンベント ヒルノサケノミ ベンベント ツジツマアワヌ リレキヲカタル

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2005年8月10日 (水)

歌物語068

 そもそも俺らみたいな虚業者が、小奇麗な家に住んで、夜毎女はべらせて、うまいもの食って、酔っ払って、それでいて心が病んでますなんざぁ、チヤンチヤラオカシイというやつです。社長はそういうと、またカラオケを唄いだした。

作りもせず殺しもせずに喰うことの形而下に喘ぎつつ生きる

■註■
短歌○ツクリモセズ コロシモセズニ クウコトノ ケイジカニ アエギツツイキル
・ 形而下=作者はカッコウつけてはいるが、ここでは単純に「現実」程度の意味。

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2005年8月 9日 (火)

歌物語067

 集団就職で、この町に来て五十五年、われながら真面目によく働いてきたと思います。おかげさまで、息子たちも独立したし。社長はもう少し手伝ってくれと言ってくれているのですが、この会社もそう景気がいいわけではないし。体がまだ動くうちに、故郷に帰って、女房と畑でも耕そうかと思っとるのです。ヤスオカさんはそう言って、いつもの焼酎の水割りをうまそうに飲んだ。

歩留まりの悪き仕事を詰られし少年工も老いて去り行く

■註■
短歌○ブドマリノ ワルキシゴトヲ ナジラレシ ショウネンコウモ オイテサリユク
・ 歩留まり=原料から、実際に製品になった量の比率。

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2005年8月 8日 (月)

歌物語066

 この田舎町も、ここ十年で、人も街並みもすっかり変わってしまった。古くから住んでいる者にとっては、何か居心地の悪さを感じるのだが、気がつけば、何年も親しんだはずの、古い街並みの記憶など、もう、すっかり忘れてしまっている。

店閉じし安売店の看板の雨に濡れたる嘴太鴉

■註■
短歌○ミセトジシ ヤスウリテンノ カンバンノ アメニヌレタル ハシブトカラス

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2005年8月 7日 (日)

歌物語065

 Y電機工業の本社ビルを出ると、汗が噴き出した。着慣れぬ上着を脱いで、取り敢えずローソンで食事。午後からもう二社回って、夜は小論文の講習会。

前途多望を多忙と書いて青年の企業回りの夏のブレザー

■註■
短歌○ゼントタボウヲ タボウトカイテ セイネンノ キギョウマワリノ ナツノブレザー

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2005年8月 6日 (土)

歌物語064

 任された仕事が予定通り行かず、残業が続いたことと、それに伴うストレスの蓄積、不規則な食事、酒の飲み過ぎ、睡眠不足。やっと取れた休みも一日家で寝ているわけにも行かず、朝から腰に違和感を感じていたが、渋谷で待ち合わせて、食事して…。あげくのはてに。

椎間板あたりの痛み感じつつ抜き差しならぬままに果てゆく

■註■
短歌○ツイカンバン アタリノイタミ カンジツツ ヌキサシナルヌ ママニハテユク
・ 抜き差しならぬ=蛇足だが、「どうにもならない」という意味と「痛くて交合ままならぬ」という意味が掛かっている。

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2005年8月 4日 (木)

歌物語063

 もともと意外性のあるやつだったが、大学でフランス文学やったり、教師になって平凡な家庭を持って、普通のおやじになるとは、思いもよらなかった。

石頭誇りし友も又三郎を読みて寝かする子を持てりけり

■註■
短歌○イシアタマ ホコリシトモモ マタサブロウヲ ヨミテネカスル コヲモテリケリ

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2005年8月 3日 (水)

歌物語062

 強がってみたところでしょうがない。

一合は夢、二合は現、飲み干せば単に寂しい私が一人

■註■
短歌○イチゴウハユメ、ニゴウハウツツ、ノミホセバ タンニサビシイ ワタシガヒトリ
・ 一合は夢=「一期は夢」(人の一生は夢のようなもの)が掛けられている。

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2005年8月 2日 (火)

歌物語061

 成り行きのたった一度の逢瀬でしたが。

拾いたるこうもり傘を忘れたるそんな別れと慰めおれど

■註■
短歌○ヒロイタル コウモリガサヲ ワスレタル ソンナワカレト ナグサメオレド

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2005年8月 1日 (月)

歌物語060

 仕事を一日さぼって、昼から電気ブラン飲んで、観音様にお参りして、仲店冷やかして、落語聞いて、あとは泥鰌を食って帰ります。

浅草の似顔絵描きの肩口に夏の蜻蛉が羽休めおり

■註■
短歌○アサクサノ ニガオエカキノ カタグチニ ナツノトンボガ ハネヤスメオリ

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2005年7月31日 (日)

歌物語059

 古い友人と久しぶりに会った。友人は訳のわからぬ仕事をしていて、俺にももうかるからとしきりに勧めるのだが、別段今の暮らしに不満があるわけでなし、今更、転職して危ない橋を渡る気は毛頭ないというと、おまえは変わらないなというので、おまえも変わっちゃいないさと、早々に席を立った。気が納まらないので、いつもの店で朝まで飲み明かしてしまった。土曜日は二日酔い。

何に効くのか分からぬままに貰い来し薬草茶のみ酔い醒ましおる

■註■
短歌○ナンニキクノカ ワカラヌママニ モライコシ ヤクソウチャノミ ヨイサマシオル

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2005年7月29日 (金)

歌物語058

升酒をなみなみ零す注ぎぶりを誇りし親爺の店もつぶれて

 櫛の歯が欠けるように、みんなこの町から出て行ってしまう。工場があったころは、随分賑わったものだが、この町で羽振りのいいのは、金貸しだけ…。

■註■
短歌○マスザケヲ ナミナミコボス ツギブリヲ ホコリシオヤジノ ミセモツブレテ

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2005年7月28日 (木)

歌物語057

生きるとは悲しき所行死一倍の金拵えて女を口説く

 何であんな女に熱を上げていたのか、今ではばからしくって、思い出したくもないのだが、駆け落ちして、別れて、借金取りに追われて、住民票もそのままに、その日任せの浮き草暮らし。自業自得と言えばその通りだし、気楽と言えば気楽なのだが、情け無いことに居直るほどには、まだ悟り切れていない。

■註■
短歌○イキルトハ カナシキショギョウ シニイチバイノ カネコシラエテ オンナヲクドク
・ 所行=行い。ふるまい。
・ 死一倍=親が死んで遺産を相続したら、元金を二倍にして返すという借金の約束。ここでは、無理な借金くらいの意味で使われているか。

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2005年7月27日 (水)

歌物語056

 何かよいことがありそうな朝。

建付の悪き雨戸を開け放つ梅雨晴れの朝黄の百合咲けり

■註■
短歌○タテツケノ ワルキアマドヲ アケハナツ ツユバレノアサ キノユリサケリ
・ 咲け・り=咲いている。「り」は存続の助動詞の終止形。

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2005年7月26日 (火)

歌物語055

たたなづくビルの向こうは海ならん鉄骨の上で食う塩むすび

 建築現場の昼。早食いをして、あとは昼寝。今日は風が心地よい。

■註■
短歌○タタナヅク ビルノムコウハ ウミナラン テッコツノウエデ クウシオムスビ
・ たたなづく=本来は「青垣」にかかる枕詞。ここではビルにかかって、ビルが幾重にも連なっている情景を表している。
・ 海・なら・ん=海だろう。「なら」断定の助動詞「なり」の未然形+推量の助動詞「ん」の終止形。

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2005年7月25日 (月)

歌物語054

ただ一度殴りし父よ、その丈を過ぎにし時に学校を止む

 それから、ずっと家には寄りつかなかった。あれこれあったが、結婚もして、何とか食えるようになって、間に入ってくれる親戚もいて、十何年かぶりに親父と会った。お袋は泣いていたけれど、親父は親父のままで、それがかえって俺にはありがたかった。二人で初めて酒を飲んだ。ほとんど会話らしい会話もなかった。親父はずっと、俺に酌させながら、飲み屋のテレビを見ていた。

■註■
短歌○タダイチド ナグリシチチヨ、ソノタケヲ スギニシトキニ ガッコウヲヤム
・ 過ぎにし時=過ぎてしまった時。「に」完了の助動詞「ぬ」の連用形+「し」過去の助動詞「き」の連体形。

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2005年7月24日 (日)

歌物語053

 ヒロコに呼び止められたのは、彼女が高校を辞めてから半年経った、夏の夜の繁華街だった。店来てよサービスするよ。何の屈託もなさそうに彼女は私にまとわりついてくる。いつから。あれからすぐ。失業したまま働かず飲んだくれていた父親と、愚痴ばかりこぼす母親と、引きこもりの弟と、学校どころではなかったのだ。無理だよ、そういって私は彼女との距離を取る。じゃ今度ね。本当はちっとも強くない彼女が、精一杯の笑み見せて手を振っている。

綾取りの糸の絡まり解けぬまま少女たりしが濃き紅を引く

■註■
短歌○アヤトリノ イトノカラマリ トケヌママ ショウジョタリシガ コキベニヲヒク
・ 少女・たり・し・が=少女であったが。断定の助動詞「たり」の連体形+過去の助動詞「き」の連体形+接続助詞(逆接の確定条件)

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2005年7月23日 (土)

歌物語052

 オレみたいな下っ端でも、足洗うとなると、それはそれでいろいろあってね。第一後ろ盾がなくなるってことは、オレみたいな、頭悪くてつぶしのきかないやつには応えるものさ。人前でしゃべるのも気が引けちまう。

足の指を小指につけし朴さんの更生話も風に流れて

■註■
短歌○アシノユビヲ コユビニツケシ パクサンノ コウセイバナシモ カゼニナガレテ

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2005年7月22日 (金)

歌物語051

 また、ケントの昔話がはじまった。酔うと行き着くところは決まってその話だ。たいした不良でもなかったくせに、今は今で、娘に相手にしてもらえない、ただのオヤジのくせに。

夕されば鬼灯鳴らす中年の根性焼きの痕も悲しき

■註■
短歌○ユウサレバ ホオズキナラス チュウネンノ コンジョウヤキノ アトモカナシキ
・ 夕されば=夕方になると。「され」は四段活用「さる」の已然形。「さる(去る)」は時刻や季節を表す言葉につくと、「来る」「なる」の意味になる。「ば」は已然形に接続すると接続助詞順接の確定条件になる。

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2005年7月21日 (木)

歌物語050

 一人暮らしにも随分慣れてきました。することもない休日の一日は、がらくたや君の置いていったものを整理しています。君の探していたCD出て来ました。今度送ります。

色褪せし古き写真を焼きにけり鹿尾菜煮返し飲み直しけり

■註■
短歌○イロアセシ フルキシャシンヲ ヤキニケリ ヒジキニカエシ ノミナオシケリ
・ ~に・けり=~してしまったよ。完了の助動詞「ぬ」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の終止形。

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2005年7月20日 (水)

歌物語049

 私のような平凡な男の人生でも、予期せぬ出来事の連続で、中原中也ではないが、思えば遠くへ来てしまったと、ふとつぶやいてみる真夜中の湯舟。

肩凝りを夜更けの湯舟にほぐしつつわが航海も濃き霧の中

■註■
短歌○カタコリヲ ヨフケノユブネニ ホグシツツ ワガコウカイモ コキキリノナカ

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2005年7月19日 (火)

歌物語048

去るという決断はなお下しがたし自由契約選手ならねど

 言われる前にこちらから、というヒロイズムに誘惑されそうになる自分を、羽交い締めにする自分。

■註■
短歌○サルトイウ ケツダンハナオ クダシガタシ ジユウケイヤクセンシュナラネド
・ ~なら・ね・ど=~ではないけれど。断定の助動詞「なり」未然形+打ち消しの助動詞「ず」の已然形+接続助詞(逆接の確定条件)

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2005年7月18日 (月)

歌物語047

 何も一流企業のシステムをそのまま真似たからって、業績が上がるわけでもなし、第一それを仕切れるだけの人材がいるとも思えないし、この後の混乱を思えば暗澹としてくるのだが、取り敢えず、はなから反論の余地を残さぬようなこの会議が、とっとと終わってくれればよい。

出る幕がなきを幸い放たれてゆく鳩のごと会議を終える

■註■
短歌○デルマクガ ナキヲサイワイ ハナタレテユクハトノゴト カイギヲオエル
・ ~のごと=のように。「ごと」は比況の助動詞「ごとし」の語幹。

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2005年7月16日 (土)

歌物語046

 朝、庭の杏の木で羽化したばかりのアブラゼミが、ひしゃげた声で産声をあげる。新聞配達はまだ来ない。

人が死に人が生まるる事どもの変哲もなき話を終える

■註■
短歌○ヒトガシニ ヒトガウマルル コトドモノ ヘンテツモナキ ハナシヲオエル

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2005年7月15日 (金)

歌物語045

 別に明日の天気など、どうでもよいのだが、居間で二人っきりになったりすると、そんな話しかすることがない。

父も子も家族の芝居演じつつ明日の雨の予報を厭う

■註■
短歌○チチモコモ カゾクノシバイ エンジツツ アシタノアメノ ヨホウヲイトウ

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2005年7月14日 (木)

歌物語044

 日頃の不摂生のせいで、すぐ息が上がる。連れはもう随分先に行っているだろう。やっと登り切った急坂のイヌブナの根本にへたりこむ。何のためにこんなことやっているんだ。先はまだ長い。

はつかなる踏跡たどり登りゆく汗に曇りしレンズを拭い

■註■
短歌○ハツカナル トウセキタドリ ノボリユク アセニクモリシ レンズヲヌグイ

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2005年7月13日 (水)

歌物語043

 来るところまで来てしまえば、昨日のことなど、最早気にしてはいられないし、明日がどうなろうと知ったことではない。

知らぬ間に知らぬ私が現れて私のボトル飲み干して行く

■註■
短歌○シラヌマニ シラヌワタシガ アレワレテ ワタシノボトル ノミホシテユク

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2005年7月12日 (火)

歌物語042

五時の時報告ぐる間もなく溢れ出す人それぞれの岐路と結末

 商談まとまらず、起案差し戻し、飲み屋のつけ払えず、不倫決壊、されど本日も勤務終了。

■註■
短歌○ゴジノジホウ ツグルマモナク アフレダス ヒトソレゾレノ キロトケツマツ

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2005年7月11日 (月)

歌物語041

 途中から飲んだ、南米の強い酒がいけなかった。記憶が途中で途切れ、どう家に帰ったか定かでない。

酒場にて内燃機関爆発燃焼させし後の朝のボロットの俺

■註■
短歌○サカバニテ ナイネンキカン バクハツネンショウサセシノチノアシタノ ボロットノオレ
・ ボロット=森田拳次が少年マガジンに昭和39年から42年にかけて連載した「丸出だめ夫」に登場するおんぼろロボット。

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2005年7月10日 (日)

歌物語040

 誰もが、そのことに触れまいと、俺の前で、つとめて明るく振る舞おうとする。去って行く身にとっては、そんなに気をつかってもらわなくてもよいのだが、ことさら問題にする必要もないだろう。人が思うほど傷ついてもいないし、また一からやり直すだけだ。理不尽な仕打ちには、これでも随分なれているからね。

鬆のいりし林檎齧れば匂ひ立つ負けて悔しき花一匁

■註■
短歌○スノイリシ リンゴカジレバ ニオイタツ マケテクヤシキ ハナイチモンメ
・ 鬆=古くなってすかすかになった状態。
・ 負けて悔しき花一匁=遊戯「はないちもんめ」で負けた方が歌う一節。
参考  村境の春や錆びたる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ  寺山修司  「田園に死す」
     寄せては返す〈時間の渚〉ああ父の戦中戦後花一匁       佐佐木信綱 「群黎」

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2005年7月 9日 (土)

歌物語039

 ヘルメット被って、竹竿もって、勇敢に、突撃していったお兄さん。もうその話を自慢げに語るのはやめてください。

ひとしきり流行りし歌の変調の友よ 何処に渡世をなす乎

■註■
短歌○ヒトシキリ ハヤリシウタノ ヘンチョウノ トモヨイズコニ トセイヲナスヤ

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2005年7月 8日 (金)

歌物語038

 F君、きみが不慮の事故で死んでからもう三年がたとうとしています。梅雨晴れの午後、僕は久しぶりに近所の釣り堀に来ています。さっきから、なぜか僕の竿にだけ魚があたります。

死んだおまえに殴られた借り返せずにおいてけ堀で釣り糸たれて

■註■
短歌○シンダオマエニ ナグラレタカリ カエセズニ オイテケボリデ ツリイトタレテ
・ おいてけ堀=この堀で魚を釣ると、置いてけ、置いてけという声がして、全部返すまでやまないという。ここでは、後に残されるという意味もかかっている。

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2005年7月 7日 (木)

歌物語037

 あなたと別れて半年、夕暮れはいつも気だるくて、友達に打つたわいなきメール。

とりどりに傘開く街去りがたく人待ち顔に珈琲を飲む

■註■
短歌○トリドリニ カサヒラクマチ サリガタク ヒトマチガオニ コーヒーヲノム

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2005年7月 6日 (水)

歌物語036

 いつも何かに追われているようで、気の休まるときがない。心配性といおうか、貧乏性といおうか、責任も義務もない国に行って、朝から釣りでもしていたい。

思い出せざることのいくつか気にかかり晩の蜆をすすりておりぬ

■註■
短歌○オモイダセザル コトノイクツカ キニカカリ バンノシジミヲ ススリテオリヌ
・ すすりておりぬ=すすっておったよ。「ぬ」は完了の助動詞の終止形。 …た

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2005年7月 4日 (月)

歌物語035

 池袋の「袋」という飲み屋は、昼からやっていて、最近、若い奴らに占領されて、行き場のなくなったこの街のおじさん達で繁盛している。昔は、お通しもなくて、焼酎一合に、ホッピー一壜、枝豆に、マグロの刺身一人前で千円あれば足りたが、今はそうもいかない。カウンターの席ばかりだから、飲んでいるうちに知らない同士が、意気投合して、挙げ句の果てに、ばかみたいなことで言い争ったりしている。そうすると、常連で主みたいなおっさんが出て来て仲裁したりして、そこで一首。

再びは会うこともなき男らと諍う一期酒飲む一会

■註■
短歌○フタタビハ アウコトモナキオトコラト イサカウイチゴ サケノムイチエ
・ 諍う(イサカウ)=互いに言い争う。
・ 一期一会=一生に一度限りであること。

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2005年7月 3日 (日)

歌物語034

ゆくりなくわが胸つくは何ならむ汝にもらいし本売りに行く

 別だん金に困っていたわけでもなかった。ただ、部屋にそいつのあることが、私の心を騒立てた。彼が私に形見として残した、象徴派の詩人の古い全集は、私が思ったより高く売れた。私はその金で、岩手のひなびた温泉につかり、きざだった彼のことを一晩偲んだ。

■註■
短歌○ユクリナク ワガムネツクハ ナニナラン ナレニモライシ ホンウリニユク
・ ゆくりなく=思いがけなく。突然に。形容詞「ゆくりなし」の連用形。
・ 何ならむ=何なのだろうか。代名詞「何」+断定の助動詞「なり」未然形+推量の助動詞「む」の終止形。
・ 汝(なれ)=あなた。
・ もらいし本=もらった本。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。

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2005年7月 2日 (土)

歌物語033

 辞めた会社も、別れた女も、死んだ友達も、軟弱なオレも、みんな雨に降り込められればいい。

走り行く雨に一時濡れながら最早たどれぬ昨日も遥か

■註■
短歌○ハシリユク アメニヒトトキ ヌレナガラ モハヤタドレヌ キノウモハルカ

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2005年6月28日 (火)

歌物語032

 プロジェクトXという番組を初めて見た。残業あとに同僚と飲んで、酔って帰ってきた土曜日の深夜の再放送。そこには、私より一回り上の、誠実な男たちの夢の骸が詰まっていた。虚業に身をやつす私には所詮縁のない世界だった。それより、何よりあの地上の星とかいう辛気くさい歌を何とかして欲しかった。

人として何をなせしや暑き夜を酔い醒めの体持て余しいる

■註■
短歌○ヒトトシテ ナニヲナセシヤ アツキヨヲ ヨイザメノカラダ モテアマシイル

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2005年6月27日 (月)

歌物語031

 理不尽な人事異動や、上ばかり意識した実質のない成果主義や、非合理な合理化や、飛び出したくとも先の見えない自分の不甲斐なさや、そういったことから生まれる全ての鬱屈を、オレの中のサソリが平らげ、肥大していく。

わが胸の憤怒の蠍飼いならし雑踏の中紛れつついく

■註■
短歌○ワガムネノ フンヌノサソリ カイナラシ ザットウノナカ マギレツツイク

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2005年6月26日 (日)

歌物語030

 父の思い出といえば、四歳の誕生日に買ってくれた犬のぬいぐるみが気に入らなくて、だだこねたときの、何ともいえないその表情。父はその年の暮に交通事故であっけなく死んでしまった。あのときのぬいぐるみをどうしたか、わたしは全く覚えていない。

風はただ髪なびかせて吹き行きぬ優しいだけの父上のこと

■註■
短歌○カゼハタダ カミナビカセテ フキユキヌ ヤサシイダケノ チチウエノコト・ 吹き行きぬ=吹いていった。「ぬ」は完了の助動詞の終止形。 …た …てしまった

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2005年6月25日 (土)

歌物語029

 もう帰るつもりのなかったこの町に、つけ爪に、赤い髪して、キンキラの安っぽい服着て帰ってきたのは、精一杯のワタシの強がりだった。口も利いてくれない親父、隣近所の噂話、同情してるふりして近寄ってくる幼馴染、母さん、それでもワタシが帰ってこられるのはここしかなかった。

耳朶のピアスの穴を吹く風の母さん帰郷の駅は嫌いだ

■註■
短歌○ミミタブノ ピアスノアナヲ フクカゼノ カアサン キキョウノ エキハキライダ

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2005年6月24日 (金)

歌物語028

 飲みたくもない酒に付き合わされて、聞きたくもない愚痴を聞かされて、唄いたくもない歌を唄わされて、次の朝、重たい頭を抱え家を出る。

宿酔はかなしかりけりデデッポウ朝の土鳩が電線で鳴く

■註■
短歌○シュクスイハ カナシカリケリ デデッポウ アサノドバトガ デンセンデナク

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2005年6月22日 (水)

歌物語026

 なぜ私が今、生まれ故郷から遠く離れたこの島で、あなたと暮らしているのか、めぐり合わせというのでしょうか、不思議でなりません。仕事も恋も人間関係も何もかもうまくいかなくて、頼る人もなく、どうしていいか分からなかったとき、何の気なしに入ったライブハウスで、私はそれまでとは違う自分をみつけました。

「運命の輪」というタロット引きし時 不意に音叉が共鳴りをする

■註■
短歌○ウンメイノワトイウタロット ヒキシトキ フイニオンサガ トモナリヲスル
・ タロット=トランプの前身。切札22枚と56枚のカードの計78枚一組。現在は占いにもっぱら用いられる。
・ 共鳴り=共鳴。

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2005年6月21日 (火)

歌物語025

コレステロール、中性脂肪、血糖値、フォアグラになれわが脂肪肝

 21:45退社。行きつけの店でこれから夕食。明日は6:20の新幹線で東京へ出張。定年までこのまま突っ走ってボロボロになるのか、その前にお払い箱か。どのみち、軌道修正できるほど器用ではない。

■註■
短歌○コレステロール、チュウセイシボウ、ケットウチ、フォアグラニナレ ワガシボウカン

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2005年6月20日 (月)

歌物語024

 家にはたまにしか帰ってこなかったが、父は優しかった。私がいつも父のことでいじめられていることを知ると、学校に怒鳴り込んで、大騒ぎになった。それがきっかけで、私は学校に行かなくなった。でも、今でも、父をうらむ気持ちは私にはない。

はらはらとニセアカシアが散る午後を女装の父に負われて行きし

■註■
短歌○ハラハラト ニセアカシアガ チルゴゴヲ ジョソウノチチニ オワレテユキシ
・ ニセアカシア=北米原産。近年、街路樹などに多く植えられる。初夏のころ白い蝶のような形の花を沢山つける。
・ 負われて行きし=背負われていった。「行きし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形。

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2005年6月19日 (日)

歌物語023

白き白きシリコンの胸なつかしき父の口紅真っ赤に引いて

 わたしが父の仕事を知ったのは、小学校の3年生の時。教室でからかわれ、泣いて帰ったわたしを、祖母はかわいそうに、かわいそうにと一緒に泣きながら、長いこと抱きしめてくれた。

■註■
短歌○シロキシロキ シリコンノムネ ナツカシキ チチノクチベニ マッカニヒイテ

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2005年6月18日 (土)

歌物語022

 ワタシを取り囲むすべてのものが発するささやきに包まれて、ワタシは放浪の旅人としての生を今終えようとしている。いわば、野垂れ死にみたいなものだが、思ったほどの苦痛も感慨もなく、天はあきれるほど晴れ上がっている。

死ぬのだね樹木も風も石塊も薊の花も囁きやまず

■註■
短歌○シヌノダネ ジュモクモカゼモ イシクレモ アザミノハナモ ササヤキヤマズ

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2005年6月15日 (水)

歌物語019

 父の形見のゾーリンゲンで髭を剃るのは、私にとって特別な日の儀式である。再就職が決まり、初出社の朝、前夜丁寧に研いでおいた、それを頬にあてる。不本意ではあるが、生きていくためには仕方のない選択。いくぶん抵抗を感じながら、古いカミソリは私を一人の平凡な勤め人の顔に仕上げていく。

ひややかな昨日の青空の悲しみが剃刀の刃に残りおりしが

■註■
短歌○ヒヤヤカナ キノウノソラノ カナシミガ カミソリノハニ ノコリオリシガ

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2005年6月14日 (火)

歌物語018

 あなたの前世のことを問われても、わたしの水晶玉には、きっと何も浮かんでは来ません。あなたが拒絶したあなたの物語に決着を付けるまではね。

闇を抱き眠る胎児の臍帯が宇宙のどこかと結ばれている

■註■
短歌○ヤミヲダキ ネムルタイジノ サイタイガ ソラノドコカト ムスバレテイル
・ 臍帯=(さいたい)へそのお

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2005年6月13日 (月)

歌物語017

 その男が、何をしていたか誰も知らない。いつも決まった時間にやってきて、カウンターの一番奥の席に座り、安いウイスキーの水割り2杯飲んで、黙って帰って行った。男が来なくなってからしばらく立つのだが、誰も彼の席には座らない。

流れゆくものの間を薄暗き酒場の椅子に老いし人はも

■註■
短歌○ナガレユク モノノアワイヲ ウスグラキ サカバノイスニ オイシヒトハモ
・ 間=あわい。ものとものとがかさなりあうところ。
・ はも=係助詞「は」+終助詞「も」。文末に用い詠嘆の意を表す。 …よ

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2005年6月12日 (日)

歌物語016

 思い切り泣くなんて、芝居じみたこと出来やしない。思い切り笑うなんて、空々しくてごめんだ。一夜のゴミを掃き出した繁華街の朝の静けさが、オレにはお似合いだ。

闇の底から山蟻の列這い出して夢の骸を搬んで行った

■註■
短歌○ヤミノソコカラ ヤマアリノレツ ハイダシテ ユメノムクロヲ ハコンデイッタ
・ 骸=なきがら。残骸。

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2005年6月 5日 (日)

歌物語009

 終電もとうに行ってしまったホームで、私はその列車を待っていた。明かりの消えた構内に一人たたずむ不審者を、不思議なことにとがめる者はいなかった。今はもう誰もいない。線路をドブネズミの群が一散に走り抜けてゆく。どこか、闇の向こうで、いるはずのないオオカミやフクロウが啼く。来たな、と私は思う。遠くでかすかな汽笛が響く。

幕切れは風吹く駅に突っ立って幻の汽車待つにあらずや

■註■
短歌○マクギレハ カゼフクエキニ ツッタッテ マボロシノキシャ マツニアラズヤ
・ 幻の汽車=水木しげる「鬼太郎夜話」に出てくる、地獄行きの汽車。
・ 待つ・に・あら・ず・や=四段活用の動詞「待つ」連用形+断定の助動詞「なり」の連用形+ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形+打ち消しの助動詞「ず」の終止形+反語の係助詞、文末用法 待つのではないか

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2005年6月 3日 (金)

歌物語007

 バイトでためた、わずかばかりの金を持って、田舎を飛び出したのが十年前。線路際のヒマワリが強い日差しをあびて揺れていた。大見得を切って出ては来たものの、はなから先は見えていたようなもので、コンビニ店員、新聞配達、運送屋に鳶、バーテン見習い、ひも暮らし、結局、何にもなれないオレに苛立ち続けてきただけっだった。

向日葵よ鈍行列車で一人行く決断もまた先に延ばして

■註■
短歌○ヒマワリヨ ドンコウレッシャデ ヒトリユク ケツダンモマタ サキニノバシテ

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2005年6月 2日 (木)

歌物語006

 彼の人生を思えば胸が痛む。いいヤツだったが、何をやってもだめだった。大学も勤めも結婚も、自ら起こした会社も。最後に会った時、金を無心された。初めてのことだった。オレのとこに来るようではおしまいだなと、皮肉を言って、結局金は貸さなかった。しばらくして、ヤツの昔の女から、首をくくったと知らせがきた。
  
骰子の裏目裏目に張り続け鈍色の服靡かせていた

■註■
短歌○サイコロノ ウラメウラメニ ハリツヅケ ニビイロノフク ナビカセテイタ
・ 鈍色=濃いねずみ色。喪服の色。

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2005年6月 1日 (水)

歌物語005

 昔の仲間としたたかに飲んで、気がつくと、S宿の古びた見知らぬスナックに一人でいた。時間は深夜の二時過ぎ、運悪く客はオレだけ。カウンターのマダムの一方的な昔話がいい加減うるさくて、閉口するのだが、とうとう朝まで付き合ってしまった。
 
場末にて骸骨マダムの語るらくアンタによく似た二枚目だった

■註■
短歌○バスエニテ ガイコツマダムノ カタルラク アンタニヨクニタ ニマイメダッタ
・ 語るらく=語ることには。

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2005年5月30日 (月)

歌物語003

方舟に乗れぬわれらに蒲公英の種子ばかり飛ぶ野を行きにけり

 タンポポの綿毛が一面に舞うなか、選ばれざるわれらが行く荒野。旧約聖書の「創世記」によれば、人類の堕落を怒って神が起こした大洪水は、地球全土におよび、ノアが神の命令でつっくた方舟に乗っていたもののみ、生き延びたという。はたしてわれらの時代の終末に氾濫は地を覆い尽くすのだろうか。

■註■ 
短歌○ハコブネニ ノレヌワレラニ タンポポノ シュシバカリトブ ノヲユキニケリ
・ 方舟=ノアの箱船
・ …に・けり=完了の助動詞「ぬ」連用形+詠嘆の助動詞「けり」終止形  ~たことだ

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2005年5月29日 (日)

歌物語002

 みんな同じ夢を見ていたはずなのに、いつの間にか散り散りになって、気付くと一人この街に残されていた。夕暮れ、高層ビルの最上階のパブで飲んでいる。窓の向こうを別れた女や、殴り合った誰それが、浮かんでは消えてゆく。おまえ、何をにやけていやがるんだ。まだ、なにも終わっちゃいない。

先に行った彼らの行方いまさらに里程標には偽りの遺書

■註■ 
短歌○サキニイッタ カレラノユクエ イマサラニ リテイヒョウニハ イツワリノイショ
・ 里程標=他の場所への道のりを記した標識。

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2005年5月28日 (土)

歌物語001

 閉門間近かの市営の小さな動物園に人はまばらだった。一番端にあるベンチに座って、ラバが黙々と干し草をはむのを眺めていた。バブル全盛のころに出来たこの動物園も、今は閉鎖が取りざたされている。引き取り手のない年老いた動物たちは、人知れず屠殺場へ送り込まれてしまうのだろう。降り出した雨を厭うこともなく、ラバは草をはみ続けている。ふと顔を上げ、二重の大きな目でしばらく遠くを眺め、またえさ箱に顔を埋めた。

物言わぬ悲しき騾馬が通り行く砂漠の彼方に雨は降るらし

■註■ 
短歌○モノイワヌ カナシキラバガ トオリユク サバクノカナタニ アメハフルラシ
・ 騾馬=ラバは雄ろばと雌馬とをかけてできた雑種。生殖力はない。丈夫で粗食にたえるので、労役に使う。とくに中国に多い。雌ろばと雄馬の雑種をケッテイと言うそうだが、ラバより働かないらしい。
・ らし=推定の助動詞「らし」の終止形。…らしい。

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