ご無沙汰しています2
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夕暮れはじらすようになずみながら、ようやく夜になるとランタンをめぐってヤマカミキリが激しい体当たりを繰り返す。
焦げ臭き飯盒のめし頬張りて川面を渡る螢みており
■註■
短歌○コゲクサキ ハンゴウノメシ ホオバリテ カワモヲワタル ホタルミテオリ
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奥秩父の雑木林を歩く。知り合いの子どもが虫好きで、クワガタを幼虫から育てたいというので、昔取った杵柄、一肌脱ぐことにした。知識はあるらしいが、汚れ作業の嫌いな親子は、冬なのに汗だくなって朽ち木を崩している私を眺めているだけで、自ら手を出そうとはしない。一日必死に頑張って何匹かとれればよいという世界なのに、それでは、こっちもかったるい。土の中からぞろぞろ出てきた、コガネムシの幼虫を、これぞノコギリクワガタとだまくらかして、早々に引き上げる。それでも、久しぶりに、落ち葉に覆われた、冬の雑木林を歩くのは気持ちがよかった。
日だまりのくぬぎ落ち葉に昨夜の霜いまだ残れる冬の遠足
■註■短歌○ヒダマリノ クヌギオチバニ キゾノシモ イマダノコレル フユノエンソク
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年賀状に使う写真を撮りがてら、朝の散歩にでかける。寒い。何日か前に、気象庁が、この冬は暖冬ではなく、寒冬であると訂正したのだが、私の辞書には寒冬はなかった。専門用語なのだろうか。久々に踏んだ霜柱が心地よい。
朝靄にしらしらと尾を振るわせて小さき鳥が啄む枯野
■註■短歌○アサモヤニ シラシラトオヲ フルワセテ チイサキトリガ ツイバムカレノ
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路標すでに朽ち果てたるも冬ざれの峠を越える一群の猿
そこから見える富士は最高だと、写真家の友人に教えられて、ひとり落ち葉を踏みしめながら、山道を登る。交通の便が悪く、最近のガイドブックには載っていないせいか、誰と会うこともない。途中コースを外れてしまったらしいのだが、勘を頼りに頂上にまで何とかたどり着く。富士は雲間から頭だけ出して出迎えてくれた。
■註■短歌○ロヒョウスデニ クチハテタルモ フユザレノ トウゲヲコエル イチグンノサル
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ふいに起こるお前の感情の激しい高まりと、その後の沈黙に耐えかねて、おれはいつものように家を飛び出した。そうして、公園のブランコに揺れながら、気持ちの治まったお前が何気ない顔をして、おれをむかえに来るのを待っていた。けれどもその日お前はいつまでたっても、おれの前に姿を現すことはなかった。くすみだしたクヌギの葉越しに夕日がまぶしくおれを照らし、一枚の葉が予兆のごとくおれに落ちかかる。
秋深し蟻の穴より捨てられし働き蟻とこおろぎの脚
■註■短歌○アキフカシ アリノアナヨリ ステラレシ ハタラキアリト コオロギノアシ
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バードウォッチングの初級編ということで、半強制的に多摩川に連れ出された。久しぶりに晴れた秋の一日を、川辺に過ごす。連れの解説に最初は相づちを打ちながら、双眼鏡を覗いていたが、連れは私に見込みがないことを悟ってか、しばらくすると、私の相手はほどほどに、自分で写真を撮りだした。私の方は、鳥よりも、きらきら輝く川面を盛んに魚が飛び跳ねるのを珍しがって、あれは何という魚だと連れに尋ねるのだが、魚のことは分からないらしい。風が吹いて、吾亦紅が揺れている。
棒杙にとまれるままに動かざる翡翠がふと風に紛れる
■註■短歌○ボウグイニ トマレルママニ ウゴカザル カワセミガフト カゼニマギレル
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草むらに露繁き朝。一夜を鳴き飽かぬ虫たちの狂おしさ。
滲み行く光の朝 繰り返し生まれるものの淋しきカノン
■註■
短歌○ニジミユク ヒカリノアシタ クリカエシ ウマレルモノノ サビシキカノン
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久々に山を歩く。前を歩いていた老夫婦が、大丈夫かねなどと話しながら、キノコを採っている。どうも、素人らしい。山の宿で、深夜、温泉につかりながら、本当にあのキノコは大丈夫だったのかと、いらぬ心配をする。
喰えそうなキノコ幾千幾万を見捨てかねたる秋の山行
■註■
短歌○クエソウナ キノコイクセンイクマンヲ ミステカネタル アキノサンコウ
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激しい雨風が嘘のようにおさまったのが午前四時ころ。徹夜仕事のめどがようやくついて、珈琲でも飲もうと薬罐に火をつける。しばらく、テレビで台風報道を見ながら、うとうとしていると、今日の予定を確認する電話がかかってくる。シャワーを浴びても、頭はまだボーッとしている。六時、家を出る。朝飯は駅の立ち食いで。
台風の去りにし後の行潦 光が遊ぶ風とコスモス
■註■
短歌○タイフウノ サリニシノチノ ニワタズミ ヒカリガアソブ カゼトコスモス
・行潦(にわたずみ)=雨が降ったりして、地上にたまり流れる水。
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大雨の後の炎天 黒蟻の引きゆく蝉のまだ動く脚
移ろう時と、人の心の危うさに立ち止まるのが恐い。
■註■
短歌○オオアメノ ノチノエンテン クロアリノ ヒキユクセミノ マダウゴクアシ
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朝から解いていた数学の過去問の微分の解の美しさ。
前世に捨て来しものの空白に秋されば咲く荒地野菊よ
■註■
短歌○サキノヨニ ステキシモノノ クウハクニ アキサレバサク アレチノギクヨ
・秋されば=秋になると。
・荒地野菊=南米原産の帰化植物。明治中期に渡来、急速にはびこる。白緑色の花が房状の穂となって咲く。
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生きものそれぞれの時間の定規に照らせば、蜉蝣が羽化直後に、交尾して、卵を産んでそのまま死んでいくのを、はかないなどといってはならない。それに、成熟が死を意味するその在り方が、果たしてそんなに不幸なことなのか。
夕べに生まれ夜に死にゆく虫たちの多くは薄き羽を持ちたり
■註■
短歌○ユウベニウマレ ヨルニシニユク ムシタチノ オオクハウスキ ハネヲモチタリ
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世の中健康ブームたって、てめえが何食ってるかも分からないんじゃ、お話になりませんなとか言いながら、銀ムツ(メロ)の照り焼きつつきつつ、日本酒から焼酎に鞍替えした、糖尿病一歩手前の課長が、今日もまた酔いつぶれる。
名も知らぬ魚の並ぶ鮮魚屋の主の顔も謎めきており
■註■
短歌○ナモシラヌ サカナノナラブ センギョヤノ アルジノカオモ ナゾメキテオリ
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蚕は5齢末期になると桑を全く食べなくなる。体も透明になって行き、じっと動かなくなる。その静寂は体内に劇的な変化をもたらす。これまでとは全く異なる脱皮への準備。
桑を食う夏蚕を闇に聞きながら脱皮しえざるわが休眠期
■註■
短歌○クワヲクウ ナツゴヲヤミニ キキナガラ ダッピシエザル ワガキュウミンキ
・ 夏蚕=夏孵化して飼育される蚕。
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嵐の去った朝の砂浜を歩く。流木や海藻、コールタールの塊、大きな魚の骨、サンゴのかけら、壺の破片、ロシア語の洗剤の箱…。
波静まりし朝の海より流れ着く異国の文字の空き瓶拾う
■註■
短歌○ナミシズマリシ アシタノウミヨリ ナガレツク イコクノモジノ アキビンヒロウ
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